ざ・あくたーず。







「水戸黄門の自主制作映画……?」
 第0特殊部隊副隊長エクスプローズ・ホーネックは、思わず相手の顔をまじまじと見た。
「そう、水戸黄門だ。知らないか? 将軍家ゆかりのヒゲのじいさんがお供を連れて各地を……」
「いえ、存じております。私がうかがいたいのは、なぜ……」
「……自分たちが水戸黄門の自主制作映画を作るのか、ということだろう?」
 相手……第0特殊部隊隊長ZEROは、にやりとして言葉を引き継いだ。
「その通りです」
「趣味だ」
 一言。
 呆然とする部下を尻目に、この凄腕ハンターは続けた。
「趣味に理由などいるか? それに『考えんのめんどくさい』という作者の意向もあるしな」
「前半はともかく、後半は一体……?」
「まあいい。これが台本だ」
 あっさり流し、ZEROは、かたわらの大型ディスプレイに台本を表示させた。
 ざっと読んでみると何のことはない、水戸黄門ご一行が悪代官と対決する、例のパターンだ。
「ストーリーはこんな感じだが、問題はキャスト(配役)だ」
「み、『水戸黄門の映画を作る』のは決定事項ですか?」
 愚問と知りつつ、ホーネックは問う。
「愚問だな」
「失礼いたしました」
 ああ、やはり。


「さて、問題はキャストなんだが」
 あらためてZEROが言い、ホーネックは台本の「キャスト」部分を読んだ。
 水戸黄門、渥見格之進(格さん)、佐々木助三郎(助さん)、うっかり八兵衛。例のメンバーだ。
「ちなみに、隊長は何を?」
「オレか? オレは役者はやらないぞ、監督だからな」
「…………」
「……あ、ちなみにホーネック、お前は八兵衛だぞ」
「う、うっかり八兵衛ですか!?」
「ちがう、よく読め」
「……?」
 首をかしげながら、ホーネックはキャスト表にもう一度目を通す。
「し……『っかりハチ兵衛』?」
「お前にぴったりだろう? しかもハチだしな、うん」
 ZEROはキーボードを引き寄せ、キャスト表に「しっかりハチ兵衛: ホーネック」と書き足した。
「……決定事項ですか?」
「愚問だな」
「……失礼いたしました」


「その他のキャストも、一応は決まっている」
 一応、と言うかすでに決定事項では?
 限りなく確信に近い疑惑を押し隠しつつ、ホーネックは尋ねた。
「ほお……誰です?」
「ヒャクレッガー。出番だ」
 ZEROが呼ぶ。と、かたわらに見慣れた人影が現れた。
 人影……第0特殊部隊隊員マグネ・ヒャクレッガーは、そのまま二人に一礼した。
 その彼に、ZEROは無造作に言い放った。
「お前、格さんな」
「は……!?」
 いつもは全くと言っていいほど無表情なヒャクレッガーの目が、見開かれたまま固まった。
 一瞬の沈黙の後、彼は慌てて部屋を見回す。
 二人の上司、ディスプレイに大映しになった「水戸黄門」の台本。
 そして、「しっかりハチ兵衛」の文字。
 瞬時に事態を悟ったらしい彼は、ホーネックに目を向ける。その目は明らかに助けを求めていた。
 ホーネックは、目で「諦めろ」のサインを返した。
 ヒャクレッガーはZEROに向き直り、一瞬間をおいて頭を下げた。
「……心得ました」
 この間、約二秒。第0の人事訓練の徹底ぶりを物語る一コマである。
「よし、渥見ヒャク之進な」
 ZEROは彼の肩をぽんと叩き、キャスト表に「渥見ヒャク之進(ヒャクさん): ヒャクレッガー」の文字を書き入れた。
 やはり、このキャストは決定事項だったらしい。


「しかし、助さんはどうするのですか?」
 もはや逆らう気力もないらしいヒャクレッガーは置いておき、ホーネックは尋ねた。
「ああ、オレの友人に頼んでおいた。そろそろ来るはずだが」
 これも決定事項か……
 ホーネックの心中など知らぬげにZEROは答える。
 そのとき、狙いすましたように部屋の扉がノックされた。
「来たか。入れ」
 ドアを開けて入ってきたのは、一体のクモ型レプリロイドだった。
「紹介しよう。レプリフォース・ゲリラ部隊、ウェブ・スパイダスだ。オレとはハンター時代の同僚でな」
「久しぶりだな、ZERO。今日はどうした? お前さんはいつも前説がなくて困る」
「お前もプロだろう? この状況で察してくれ」
 スパイダスは、部屋をぐるりと見渡し……肩をすくめる。
「なるほど。……で、俺にどうしろと?」
 ZEROはその背を叩いた。
「お前は、佐々木スパ三郎、だ」
「……どうせ決定事項、だろう?」
「愚問だな」
「……了解した」


「……あ、しまった」
 キャスト表を眺め、ZEROはつぶやいた。
「忍者がいないな」
「……そう言えば」
 ZEROはしばらく考え込み、やがておもむろに口を開いた。
「よし。ヒャクレッガー、ダブルキャストだ。お前がやれ」
「は……!?」
「確か、『疾風のお狷(えん)』って女忍びがいたな。割と新しいシリーズで」
「お、お言葉ですが隊長。お狷と八兵衛ではシリーズが違います。それになぜ自分が女忍びなど……」
 珍しく大慌てするヒャクレッガーに、ZEROは事もなげに返す。
「気にするな。お前とオレだって、本当はゲーム中に上司・部下だったことはない。オレが隊長になったのはX3からだが、その時にお前はもう死んでるんだからな。それに……」
 一呼吸置いて、彼は続けた。
「お前、女に化けたことがあったろう? 確か『シルキー』って名前だったな」
 ぐらり、とヒャクレッガーの上体がのけぞった。
「『シルク』は日本語で『絹』だ。お前、『疾風のお絹(きぬ)』な」
 ヒャクレッガーの返事を待たず、ZEROはキャスト表に「疾風のお絹」と書き足した。
「けものヘンが糸ヘンになっただけだ。何の問題もないだろう?」
 何がどう問題ないのか。そう思わない者はいなかったが、同時に、それをツッコめる者もいなかった。
「し、しかし自分は……」
 最後の気力を振り絞ったヒャクレッガーの反論を、ZEROは一撃で粉砕した。
「全国版少年誌で出来たことが、なぜここで出来ない」
「…………」
 完全に沈黙したヒャクレッガーの肩を、ZEROはぽんと叩いた。
「これ、決定事項な」
 豪快かつ華麗なとどめだった。


「さて、これでキャストが決まった。練習は明日の午後六時から、ここでだ。台本読んどけよ」
 妙に疲れた顔の一同を見渡し、ZEROはおごそかに宣言した。
「……なんだ、そんな顔をするな。ちゃんと時間外労働の給料は出る」
「……え?」
 ホーネックは思わず聞き返した。
「給料が出るって、隊長のポケットマネーですか? まさかハンターベースからでもないでしょうに」
「いや、ハンターベースからだ」
「ええっ!?」
 一同が声をあげた瞬間、部屋のドアが大きく開かれた。
 そこに立っていたのは……
「み、水戸黄門っ!?」
「ホッホッホ。では皆の者、参りましょうかな」
 水戸黄門の衣装に身を包んだDr.ケインだった。
 呆然とする一同に、ZEROは説明してみせる。
「じいさんを抱きこんだ。金を出してくれれば主役としてお迎えする、と言ったら、快く承知してくれてな」
「…………」


「あ、あの、隊長……」
「どうした、ホーネック。まだ何かあるのか」
「まさか、これがオチですか?」
「愚問だな」
「……失礼いたしました」






完。